お金のない病院

どこの病院でも収入があってお金がない話は聞きませんでした。それなのに、わたしの病院ではいつもお金がなくて困っていたそうです。なぜなのかを考えていました。その当時、村全体の収入が少なく村の皆さんのほぼ全体の方々の収入が少なくて日常の生活が大変な時期があったそうです。したがって、病院の診療費の支払いに困っておられる方がほとんどだったそうです。それから父は往診に行って診察が済んで帰るとき、貧しい患者さんには枕もとの布団の下にこっそりお金を差し入れて帰っておりました。それで、正月とお盆に半年間の診療費の代わりとして二段重ねのお餅を持って本家の仏さまに参ってくださる習慣がありました。それで我が家は正月とお盆には持ってこられたお餅で座敷に山ができるほどでした。その一方で接待のため母親は朝から晩まで大変でした。

それで、当時一日の食事は餅を焼くか、または水甕に入ったお餅をいたりして食べていましたが、水がめの中のお餅は日にちが長くなると柔らかくなってしまい、焼いても食べにくくなっており、また、味もまずいので、その時は麦ごはんや泡ご飯が無性に食べたくなっておりました。

水がめの水は時々かえなければなりませんでしたので、それも私の仕事でした。その当時はまだ小さく、小学校に入る前でしたのでそれはそれは大変でした。

※写真はイメージです

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